僕たちがやるべきことは、若い人にここで働いてもらうこと

特定非営利活動法人Jin
理事 川村博さん

2018年07月13日掲載

 浪江町で活動する「Jin」の代表を務める川村さんは浪江生まれの浪江育ち。

 

 震災前は、高齢者へのデイサービスや、障害を持つ子どもの療育、リハビリ専門の施設の運営などを行っていた。現在は、福祉事業所の再開とともに、花きや野菜の栽培、新規就農者呼び込みに向けた農業指導など、震災前の事業形態にこだわらない「目の前にあるニーズに応える事業」を展開している。

浪江町をもっと活力あるまちに

 

──こちらの福祉事業所に来られる方は、町内に帰還された方が多いのですか?

 

 いらっしゃる高齢者の3分の2は南相馬市の復興公営住宅などに住んでいる浪江の人。町内に帰還してうちを利用している人は3分の1くらいかな。デイサービスにしても、利用者がいないと商売にならないわけですよね。帰還しているのは、お年寄り1人だけで住んでいる人と、高齢者世帯がほとんどなんだけど、要介護の人はなかなか帰還しない。戻って来てから要介護になる方はいますけど。

 

 実は最初からそんな状況になるのは目に見えていました。町の人たちも心配してくれて、「南相馬市で活動すればいいじゃないか」と言われたこともあります。南相馬市にも浪江の人がいっぱいいるから。でも僕たちは、浪江町をもっと活力あるまちにしたい。そのためには町内にあったほうがいい。町からすると、補助金でやっている以上、実績が欲しいわけですね。議員から「利用率はどうなんだ」と聞かれたりするので。「南相馬市の人でここに来たいという人はいっぱいいるから、どんどん受け入れてくれ」って言われるんだけど、僕らとしては、浪江に帰還した人優先で活動したほうがいいと思っているの。そこがなかなか意見の合わないところです。

 

 帰還している人は、自分のことをきちんと考えているんですよ。ほとんどが一人暮らしなんだけど、「80歳過ぎても、1人で暮らすためには健康じゃなくちゃ」と、ものすごく意識している。自分のことは自分でしなきゃいけないと、買い物も、デマンドタクシー(タクシー会社と自治体が協力し運営を行う乗り合いタクシー)を使ったりしてきちんとやっているわけですよ。そうしないと、ボケちゃうし。ところが、社協さん(社会福祉協議会)からは、「買い物してきてあげますよ」、「お掃除してあげますよ」と言われるわけだ。人に頼っていたらダメになっちゃう、自分のことは自分でやりたいから、ほうっておいてほしいという気持ちもあるんだけど、なかなか言えなくて困ったという話も多く聞きます(笑) 皆さん自分たちでいろいろ考えながら生活していますよ。

僕ら、ド素人だから

 

──農業は、主にどのようなものを。

 

 最初は、ニワトリの卵を出荷しました。ここは原発から7キロぐらいの地点なんですが、警戒区域の中で出荷された農産物の第1号が卵だったんです。当時、原発事故のときに作付されていたものは、制限がかかって出荷できなかったんですが、そのときに作付されていなかったものについては、制限がかからず出荷できるんです。もちろん検査された後にですが。

 

 まずは夏野菜をつくったんです。県は営農再開に向けた取り組みをしていて、たくさんの品目をつくって、全てを1週間ずつモニタリングしていたんです。それで、ND(不検出)を何度も確認して、いよいよ「出荷に向けたモニタリング」をやったら、どこをどう間違えたか、なぜか100ベクレルを超える数字が出ちゃって出荷ができなくなっちゃった。それで思い切って花に切りかえたんです。花を出荷したのが、2014年の7月末か8月頭だったかな。東京の大田市場に出荷しました。

 

──トルコギキョウとリンドウですね。どうしてその2種類になったんですか?

 

 花がいいとは思ったものの、何がいいのか全然わからなかった。そのとき町役場や県でも、「難しい米や野菜よりも、花で営農を再開しなければ」と思っていたらしく、たまたま生産者も、県も、町も「花をつくろう」ということで一致したので、何がいいだろうと話し合って。その中で、ハウスだったらトルコギキョウ、露地だったらリンドウという結論になりました。

 

 今、町内には圃場が3か所にあって、ビニールハウスも20棟ぐらいあるんですよ。それまでは何もなかったんですけど、ハウスを建てて。「どうせ花をつくるんなら日本一の花をつくろう」そのぐらいのモチベーションを持ってやらないと(笑)。

 

 以前、県主催の研修会があって、長野県松本市の「フラワースピリット」という花をつくる団体の社長さんが講師として来ていたんですよ。その方は業界では神様と言われる人でして。栽培の仕方などいろいろ教えてもらいました。それまでに世界各国、東南アジアやオランダとか、いろいろなところから研修に来た方が2000人以上いたらしいですが、その方の言うとおりに花をつくれた人は1人もいなかったんですって。それを達成した第1号が僕たちだった。僕ら、ド素人で経験がないから、言われたとおりにやったんですけど、それがよかったみたい。

目指せ「出荷額1億円!」

 

──こちらで作られているお花は、大変高い評価を受けていると聞きました。

 

 普通、トルコギキョウって、この辺だと市場で1本100円ぐらいなんですよ。全国平均でも120~130円ぐらい。でも僕らがつくるのは、一番高いのが700円ぐらいで、平均でも450~500円ぐらいという、すごくいい花なんです。一般的には、生産者から送られた花がJAを経由して市場に運ばれる、という流れになりますが、僕らの花は東京の市場がここまで取りに来てくれるんですよ。東京の卸売市場、大田市場とか、世田谷とか、板橋とか。たくさん連絡が来て、「取りに行くのでうちにも出してください」と言われるようになったんです。

 

 日本一になるという部分については、花そのもののクオリティーが1つ。もう1つは、浪江町から出荷額で1億円というのを目指しています。とりあえず1億円を目指そうというような話をしたところ、Uターンで浪江に帰ってきた若い人も含めて4人くらいが花をつくるということになって。花き研究会をつくって、花のつくり方とか、経営の仕方とかというのを僕が皆さんに教えるような形で。そんなに遠くない時期にできると思います。

 

──若い方々も参加しているんですね

 

 浪江に帰還しているのは、だいたいは元気な高齢者なんです。その人たちは蓄えとか年金があるので、なりわいとして何かしなくちゃいけないという人ではなくて。それでは近い将来に地域が疲弊していっちゃうので、どうにか若い人に入って来てもらわなければならない。とはいっても、人がいないので、サービス業は成り立たないわけですね。人がいなくても成り立つ職業というと農業かなと。それも、ただの農業ではつまらないわけで、どういう農業だったら若い人の職業選択の対象になるのか知りたくて、学生さんに2年ほど来てもらったんです。花や野菜の栽培の手伝いをしてもらいながら、ワークショップをやってみました。「これからの農業はどういうふうな農業じゃなくちゃいけないか」とか、そういう話をして。そうしたら、「週休2日で、労働時間は8時から17時、それでサラリーマンよりもお給料がいい」と。だったらそういう農業のモデルを僕がつくればいいのかなと思って、3年をかけてでき上がったわけなんです。

 

 ICT(情報通信技術:Information and Communication Technology)を活用すると、水やりも温度管理も全部機械がやってくれて、週末は人がいなくても何の心配もない。例えば、ハウスが一定の温度を超えたら、スマートフォンにアラームが入ったり。そういうふうな農業です。

農業を経験すると離れられなくなる?

 

農作業の多くを機械管理することで、効率的な栽培ができる

──浪江は、これからどんなまちになるでしょうか?

 

 若い人が来なきゃだめになっちゃいます。僕たちがやるべきことは、若い人にここで働いてもらって、ゆくゆくは起業してもらうこと。そこに力を入れようかなと思っています。今も結構若い人が働いているんですけどね。19歳も2人いますよ。トルコギキョウの栽培技術と経営というシステムができ上がったので、それを皆さんにやってもらえたら。

 

 花の栽培って楽しいです。僕もビックリした。花はやめられない、本当に(笑)

 

──お話を聞くと、やってみようかなと思う人が結構いると思います。

 

 そうですね。うちの息子も東京で働いているんですけど、戻って来てこっちで仕事したいって言うし。若い人がここで仕事して、きちんと成り立てば、それはものすごい発信力になりますね。「あら、じゃあ、やってみようかな」って。特にサラリーマンだった人が農業を経験して、それで食べていけるというのが自覚できると、農業から離れられなくなるんじゃないかと思う。僕もそうだもんね。もともと農業をやってたわけではなくて、あくまでも介護とか福祉とかのほうが仕事で、今やっている農業を始めたのは震災後ですから。人とのあつれきやストレスもないしね(笑)

 

──「人との関係に疲れたら農業」いいかもしれないですね(笑)

 

 おもしろいですよ。自分の好きなようにできて、それだけ稼げれば。台風とか大雨は大変ですけどね。前に大きい台風が通ったときは、花も全滅、ブドウも全滅、ニワトリは全部死んじゃった。そういう大変さというのはありますよね。でも、自然の大変さのほうが、人間関係の大変さよりも何とかできる感じがします。

photo: 加藤芽久美
text: 山田敬